1粒300メートル


 

11月11日はポッキーの日2016。

BL要素微量。

 

初出:taskey

 




 廊下を曲がったらポッキーが落ちていた。




 なんだ? このシチュエーション。つい10日ほど前にもあったような。
 グラウスは立ち止まったまま、廊下の真ん中に陣取っている赤い箱を凝視する。


 知っている。これは極東の島国では容易に入手できる菓子のひとつ。メーカーの販売戦略により11月11日はこの菓子を冠した記念日に制定され、彼《か》の島国では両手にこの菓子を1本ずつ持って奇怪な踊りに興《きょう》じたり、ふたりで1本を両側から齧《かじ》るといういかがわし……いや、場合によっては願ってもないゲームをしたりして過ごすと聞く。
 昨年は流行《はや》りに乗って通販で取り寄せ、その ”願ってもない” ゲームを迫《せま》ってもみた。だから味も食感も、送料込み価格すらも把握済だったりする。

 しかし、なぜこんなところに。
 落としたのだろうか? それとも罠か? 注文した覚えはないから誰かが自腹を切って買ったのだろうが、でも誰が。

 ……ルチナリスか?

 ふつり、と怒りに火が灯る。あの小娘、ついこの間まで乳臭《ちちくさ》かったくせに色気づきやがって。
 相手は誰だ、なんて聞くまでもない。そんな野望はこの手で握り潰してくれる!



 だが。
 手を伸ばした瞬間、その箱はフワリと宙に浮いた。

「よくぞ我を手に取った! 勇者よ!」

 とっさにグラウスは踵《きびす》を返した。
 冗談ではない。つい10日前に、顔のついたカボチャと関わり合いになって酷い目にあったばかりだ。

「酷い目? 美味《おい》しい目の間違いであろう」

 だーかーらー。どうして、どいつもこいつも心を読むようなスキル持ちなんだ。
 あの後、なぜ夜中に部屋に乱入したかを説明するのにどれだけ苦労したことか。私たちは清い交際(←)なんだから第三者|(ひとじゃないけど)の指図は受けない。

「まぁそれはともかく、勇者よ」

 そして、そう無意味に口を挟んでくる第三者に限って、他人《ひと》の話を聞かない。

「まだ受け取っていませんので、その呼称はお断りします」

「では受け取るが良い!」

 高速で飛び込んできた赤い箱から身をかわす。
 ああ、これがあの人だったら両手で受け止めるというのに、来るのはこんなキワモノばかり。世の中は理不尽だ。

「なぜ避《よ》ける!」
「なぜ受け取らなければならないのか、そっちのほうが知りたいわ!」
「ならば教えてやろう!」

 赤い箱は空中で偉そうにふんぞり返った。

「私はポッキーの妖精! 私に出会った者は、ポッキーゲームをしなければ1粒300メートルの呪いにかかるのだ!! だから私を受け取る義務が発生する!」
「は?」

 1粒300メートル?

 お前の単位は ”本” だろう? それとも極東の島国では ”粒” なのか?
 その前に、無機物にしか見えない箱が妖精を名乗ることのほうをツッコむべきなのだろうか。いや、災厄を持ってくるなら妖精ではなく悪霊と名乗るべきだろう。箱だけど。

 赤箱はふふん、と鼻を鳴らした。どこに鼻があるかは知らないが。

「単位のことを言っているわけではないぞ。 ”1粒300メートル” とは、両手を上げて嘘くさい笑顔を浮かべながら300メートルの距離をタンクトップと短パンで走る苦行の名称。つまり、ほぼ下着同然の恰好で300メートルを全力ダッシュしなければ気が済まなくなる呪いなのだ! しかもその呪いは、あの日あの時あの場所など関係なく突然やって来る!!」

 ……頭が痛い。
 だが本当にそんな呪いだとしたら、この10年真面目な執事で通してきた自分のキャラ崩壊も免れない。

「ふっふっふ、恥ずかしいだろう」

 赤箱は不敵に笑う。箱のくせに。

「呪いを解くには、11月11日が終わるまでにポッキーゲームを完遂しなければならないのだ!!」
「なにいぃぃぃぃぃぃいいいい!!」
「さあ、大義名分でポッキーゲームを|迫《せま》れるこのチャンス! 呪いのことを知れば、相手も無下《むげ》に断ることなどできなかろうからな!!」

 そんな……そんな相手の善意につけ込むとは狡猾《こうかつ》な。美味《おい》し、いや恐ろしい。

「真の勇者となるか、タンクトップに短パンで別の意味の勇者となるか、どちらを選ぶかは貴様次第!」




















その後、彼がどうなったのかは

誰も知らない。