カボチャ大王の襲来


 

まおりぼハロウィン番外編2016。

 いつものように

なにもコトが起きないBL風コメディ。

 

 2014版、2015版をちょこっとだけ

踏まえた作品になっておりますが、

前作は読まなくても

大丈夫なつくりとなっております。

 




 廊下を曲がったらカボチャがいた。




 日課になっている夜の見回りの途中。

 この角を曲がれば後は特に見て回るものもなく自室まで一直線。
 毎日毎日飽きもせず10年もよく続けたものだ。いや、正直言えば飽きているところは無《な》きにしも非《あら》ず。

 だがこれも仕事。他にまともな使用人がひとりもいない以上、そしてこの城の維持を任されているのが自分である以上、この見回りは他人に任せるわけにはいかない。今日もお疲れ様、自分。……と自分で自分を労《ねぎら》いつつ、あとはベッドに潜り込む(勿論もちろん自分のだ。誰の? なんて邪推はしないでほしい)だけだったというのに。

 何故《なぜ》。


 その暗闇に鎮座している”ブツ”は直径約2メートル。
 色は濃いオレンジ色。形状は丸。
 時期も時期、これはこの1ヵ月ほどの間に店先でよく見かけるようになった”ハロウィンカボチャ”というものだろう。あの目鼻をくり抜いてランタンを作るというアレだ。くり抜く以前に既に黒く目鼻が描かれているのは、ここを彫れという目印なのかは知らないが。

 少し違うと言えばそのサイズ。店先のものは手のひらサイズから直径50センチメートルほどなのだが、これは軽く4倍はある。
 ほら、「ハロウィンカボチャ重量コンテスト」に出てくるような……そう、品種で言えば”アトランティック・ジャイアント”とか言う、食用には向かないが食べられないとは言っていない(キリッ)というやつだ。

 だが品種はこの際《さい》どうでもいい。
 実際問題、それが居座っているせいで廊下を通ることができない。

 何故《なぜ》だ。

 すぐ先に自室の扉が見えるのに。
 明日も早いんだから休みたいのに。
 何故《なぜ》、最後の最後にこんな邪魔が入らなければならない。


 ……誰かの陰謀か?


 陰謀とすればガーゴイルだろうか。
 あの悪魔どもは自分たちが面白ければそれでいいという信条のもとで動いている。
 しかし見回った時には全員、台座にいた。見回り中の自分を追い越して仕掛けるにしても、この重量を運んでくるのは無理だろう。

 ルチナリスや、そしてアドレイやスノウ=ベルには当然できることではない。
 賄《まかな》い担当のマーシャならいろいろと人智を越えすぎているからできるかもしれないが、彼女は今日もきっちり17時で退勤している。
 だとすると……。

 まさか。
 私は首を横に振る。
 振りはするが前科がありすぎる。
 なんせ一昨年はバルーンスカートのワンピースを、昨年は獣耳が生えるキャンディを買い込んできた人だ。こんな「いかにもハロウィン」な代物、今の今まで興味を示さなかったほうがおかしい。
 また通販で注文して、届いたのがちょうど此処《ここ》で。運べないから放置したとも考えられる。
 深夜に通販が来るのかって? 来るんだ、魔界からなら。

 私は頭を抱えた。

 知らなかったことにして乗り越えて行くのが一番面倒がないだろう。巨大カボチャを乗り越える姿が不格好だとか、そういう心配はこの際しない。どうせ誰も見ていないんだし。
 それどころか下手に騒げば「それじゃ片付けといて」と役割が回って来るのはわかりきっている。ここは静かに、むしろ物音など立てないほうがいい。

 しかし何故《なぜ》ここに置くんだ。設置場所の指定くらいできるだろうに。
 あれか? やはり私を部屋に戻さないようにするのが魂胆か?
 と、言うことは。



 これは暗《あん》に誘っているのか!?





「いや、それはない」

 足元で声がした。
 なんだ? と見下ろしても誰もいない。
 誰もいないがカボチャはいる。うん、「誰」という単語は人間に言うもの、カボチャには当てはまらない。よって私は間違っていない。


「あんたさ、さっきから心の叫びが多いよ」

 余計なお世話だ。誰のせいで叫ぶ羽目になったと思っている。いや、

「誰のせいって、やっぱカボチャにも”誰”って使うんじゃん」

 ……先読みはやめろ。
 ああ、きっと疲れているからに違いない。早く帰ろう。帰って寝よう。どうせなら、

「かわいい抱き枕でもあればな~だって。変態」

 そんなことは考、

「考えてたでしょーが。真面目な奴って大抵頭ん中はエロいよな」

 断じて違う。

「お付き合いもそろそろ10年目突入だし、酒でも飲ませて剥《む》いちゃおうとか」
「考えるかそんなことっっ!!」


 勢い余ってカボチャを蹴り上げる。
 なにを言い出すのだこのカボチャは! カボチャは! カボチャ……?

「……何故カボチャの分際で喋る?」

 しかし返事は返ってこなかった。
 ごろんごろんと廊下を転がった”ソレ”はそのまま勢いづいて加速し、廊下を突っ切って行く。
 カボチャってあんなに転がるものだっただろうか。真円《しんえん》ならともかくでこぼこしているの……ちょっ、待て、その先は!!

 私は慌ててカボチャを追った。
 廊下の突き当りは城主の寝室。他の部屋よりも分厚い扉を使っていると言っても、あの勢いなら鉄扉だって破壊しかねない。
 いや、扉だけならいい。扉だけなら。でも。

「うふふふふ~捕まえてごらんなさぁぁい」
「止まりなさい!」

 ああ、何故私はこんな真夜中にカボチャを追って全力疾走しなければならないのだろう。
 だがこれも全てはあの人のため。あの人がカボチャに圧おし潰される危機だけは回避しなくては。
 畜生! 誰だよ、カボチャ転がした奴は!!(お前だ)


 あと少し。
 あと少しで、手が届……





 どかあぁぁぁぁあん!

 城全体を揺るがす大音響が深夜に響き渡った。




「……なに? 夜這い?」
「いえ……」

 部屋の隅には、ものの見事に扉を破壊したカボチャが行き場を失くして止まっている。
 頭の端が欠けているのは扉にぶつかったときの衝撃のせいだろう。散った中身が点々と散乱し、それに足を滑らせた私はその先のベッドに頭から突っ込むことになり……。

「なんかよくわかんないけどもう遅いよ。寝よ。ね」

 ぽすぽすと子供を寝かしつけるみたいに叩かれて、その次にはもう寝息が聞こえてくる。夜這いと言ったわりには襲われる心配などしていないのだろう。この信頼が辛い。

 とりあえず、夜が明けたらあの憎にっくきカボチャをなんとかしよう。食べられないことはないはずだからガーゴイルどもの餌にしてやる。
 あと、誰が召喚したのかも問い正さなくては。それから、それから……

 横目で見れば、すぐ横には全く警戒心のない寝顔。
 このままここでふて寝したら、明日は血を見るだろうか。
 だが疲れた。体力的にも精神的にも。


 部屋の隅を新しい居場所にしたカボチャが、こちらに向かってニヤリと笑う。

「Happy Hallowee~n」

 ハッピーじゃない! いや、ハッピー……なのか? 今は。
 うん、今”だけ”は。