桃!


 

 

転生した先は桃太郎の世界。

 

えっ? 俺、桃太郎? でもちょっと様子がおかしい。

お爺さんとお婆さん、そして犬と猿とキジ。

さらには悪役令嬢まで出て来て……

 

俺いったいどうなるの!?

 

 

冬童話祭2018企画参加作品です。

 

 


 

 

 目を覚ますと、爺さんが俺に向かってナタを振り上げておりました。

 

 え? 嘘だろ? なにこのシチュエーション。

 俺はこの貧相な爺さんに命を狙われるようなことをしただろうか。いや、ない。面識すらない。

 隣に座っている婆さんが「はい、どっきりでした~」って看板でも出すんじゃないかと期待してみたものの、一向に動く気配がない。

 

 何もわからないまま、「俺」はあたりを見回します。

 隙間風吹く小さな小屋にいるのは昔話の定番、お爺さんとお婆さん。

 しかしどうやら「俺」が命の危機に面しているのも確かなようです。お爺さんの目が笑っていません。

 

 と言うことは?

 「俺」は必死に考えます。

 

 1:誘拐してみたものの身代金が取れなかったから処分しようと思っています。

 2:臓器だけ取り出して売っぱらうつもりです。

 3:実はふたりは昨日フッた鬼嶋《きじま》ナギサの祖父母で、孫をフッた俺に殺意を抱いています。

 

 1番それっぽいのは3のようです。

 しかしナギサは金持ちのお嬢様。そのお爺さんとお婆さんがこんなにも貧乏だというのは考えられません。

 

 だとすると。

 

 あれか? 身元を隠すためにわざと?

 家から遠く離れた古民家を借りて、昔話に出て来そうなコスプレをして、もしかしたら整形までしちゃってたりして。もし俺の殺害に失敗して逃げられても面《めん》が割れないように、って。

 うん、あり得る。そういう無駄なことにジャバジャバ金落とすんだよ金持ってる奴《やつ》って。

 

 と、「俺」がひとつの答えを導き出した時です。

 

 ザシュッ!

 

「うわあ!」

 

 お爺さんがナタを振り下ろしました。

 軌跡が青白い線となってくっきりと見えます。これはかなりの|手練《てだれ》に違いありません。

 

 危ねぇ! 爺さん、マジに攻撃してきやがった!

 「俺」は横っ飛びに転がってナタを避けます。1回転、2回転、3回転。見事な転がり具合です。

 何だよ俺。体操なんて全く縁がなかったけどやればできるってやつ? この機敏な動き、インターハイにも出られそう。

 誰も褒めてくれないので自分で自分を自画自賛。そうしている間にも、

 

「待てぃ! 桃の分際でちょこまかとぉぉぉぉっ!」

 

 と、お爺さんはさらにナタを振り回します。

 

 ヤベェよあれ、当たったら死ぬ。バッサリと死ぬ。

 「俺」は右に左にナタを避けます。

 ……って、それよりなんだか気になること言わなかったか?

 

 人間、切羽詰まると妙に冷静になるものです。「俺」はお爺さんの言葉を思い返します。

 

 

 

 ……桃?

 

 

 

 

「お、おいちょっと待て! 桃って、」

 

 待てもお座りもありません。

 お爺さんに向かって突き出したはずの手は一向に「俺」の視界に入っては来ません。そればかりか逃げようとしても足が動きません。その前に足がありません。

 そして先ほどからの華麗すぎる転がりっぷり。それは……。

 

 確認するまでもない!

 爺さんは言った。桃、と!!

 

 「俺」の脳天にズガーン! と雷が落ちるような衝撃が走りました。

 と言っても黒塗りの高級車がぶつかってきたわけではありません。ヒラメキです。ヒラメキもスケールが違えば凶器と化すのです……が、それは置いといて。

 

 待て。俺は普通の男子高校生だったはずだ。

 「俺」は自分自身に問いかけます。そうです。彼は生まれながらの桃ではなかったのです。

 

 「俺」は普通の男子高校生。家は両親と妹の4人家族。父親は証券会社勤務の52歳、母は専業主婦、妹は伝説の戦士に選ばれる確率が最も高い中学2年生。

 今日もトーストをくわえて「いっけなーい、遅刻遅刻ぅ」と学校に向かって猛ダッシュ。八百屋の角を曲がったところで――!

 と、まぁ、ラノベでよくある異世界転生が俺の身に起きたとしても、勇者か商人かスライムか、まぁ定番としてはそのあたり。

 けれど、桃はないだろう! 桃は!!

 俺、食料なの? 今から食べられるところなの? いや、いやいやいや待てこの光景は何処《どこ》かで見たことが、いや、読んだことがある。

 すっごい馴染みのある昔話でぇぇぇぇぇええ!

 

「……桃太郎」

 

 そうです。

 ここは桃太郎の世界だったのです。

 

 

「なんか言ったかワレェェェ!」

 

 しかしお爺さんの暴走は止まりません。

 そうでしょう。お婆さんが拾ってきて、さあ切って食べようと思っていた矢先、その食料にここまで抵抗されたのですから。

 山で芝を刈って生活の足しにしているような貧しいお爺さんとお婆さんにとって、桃は貴重品。それも抱えるほどの大きさですから十分、腹の足しになります。お爺さんが必死になるのも当然です。

 しかし桃《俺》にとっても死活問題です。「僕の顔をお食べ」と言うのはアンコが詰まったパンの妖精だけで十分です。

 

「いや、ちょっと! とにかくその物騒なモンしまえよ! 俺の腹ん中には桃太郎が」

 

 なにその「あたしのおなかの中にはあなたの子がいるのぉぉ!」みたいなセリフ。

 俺、男だよ? そんなセリフ、言われることはあっても言うことになるとは思わなかったよ。

 あ、せめて「くっ、腹に封じた勇者が……っ!」って厨二っぽく言えば良かったのか。「あたしのおなかの中に」って俺完全に妊婦じゃん。

 

 桃もいろいろテンパっていますが、その必死な訴えがお爺さんに届いたのでしょうか。

 お爺さんはナタを振り回す手を止めました。

 

「桃太郎?」

「そうだよ! 鬼を退治するありがたい桃太郎が」

 

 しかぁし!

 それを聞くとお爺さんは再びナタを振り上げました。

 桃、再びピンチです。

 

 わかる。俺の腹を掻《か》っ捌《さば》いて桃太郎を取り出すつもりだ。その桃太郎にキビ団子持たせて鬼退治に行かせりゃあ、財宝持って帰って来るんだもんな。貧乏から抜け出すチャンスを逃すわけがない。

 ああ、桃太郎を取り出した後の桃ってどうなったんだっけ。3人で美味しくいただきました、って、それはマズい。絶対にマズい。

 だってそれって食われるってことじゃん。俺の人生これで終わり? 死んだら元の世界に戻れ……るわけないよな、そんなうまい話があるわけがない。

 でも普通は俺が桃太郎だろ? 

 そりゃあ最近は異世界に転生する奴が多すぎて、末端じゃチートスキルどころか転生前より酷《ひど》いってことも多々あるようだけど。でもオッサンに転生しようがスライムに転生しようが、なんかみんなうまいことやって可愛いオンナのコとウハウハしてるじゃねーか。

 それがっ! それがっ!

 なんで桃!!

 しかし転生してしまったものはどうしようもない。しかもここで選択を誤れば俺は死ぬ。

 さあ! 考えろ俺! どうしたら生き延びられるのかをっっ!!

 

 桃は考えます。考えて考えて考えて……。

 

 

「実は俺が桃太郎なのです!」

 

 

 

 

 桃の声高らかな宣言は爽やかに響き渡り、お爺さんの動きを完全に止めました。

 

「俺の中には桃太郎の魂が封じられています。そう! 鬼を退治する勇者の魂が!」

 

 桃太郎とはこの村に伝わる伝説の勇者の名前です。キビ団子と引き換えに、命をかけて鬼を退治してきてくれたという伝説はお爺さんとお婆さんも小さい頃から聞かされてきました。

 

 その桃太郎(の桃)が目の前にいるのです。

 なぜか桃と桃太郎が混ざっているようですが、昔話として伝わるうちに「桃太郎という勇者像」がひとり歩きしていったとしても何も不思議なことはありません。どう考えたって、桃よりも美丈夫《イケメン》のほうが世の受けがいいに決まっているからです。

 

「魂は|器《俺》が傷つけばそこから流れ出て消えてしまうもの。しかし魂がここにある限り、私は桃太郎でいることができるのです」

 

 桃《自称・桃太郎》は滔々《とうとう》と語り続けます。

 

 そう。生まれる前なら桃太郎と俺は一心同体。俺は桃太郎を取り込んだまま世界の覇者になってみせるぜ!

 腹の中から蹴られた気がするが、そこは無視。俺だって桃生《人生》がかかっているんだ!

 俺の魂が元の世界に戻れたあかつきには、こんな桃の身など生食されようが缶詰にされようが、ちょっと安いクリスマスケーキの中身になって「ええー、イチゴじゃないのー」とがっかりされようが構わないから、それまではおとなしくしていろ!

 

 桃は腹の中にいるであろう桃太郎に念を送ります。

 

「だからっ!」

 

 桃《自称・桃太郎》は菩薩《ぼさつ》のような顔でお爺さんを見下ろします。桃に顔が? なんてツッコミをしてはいけません。腹に勇者を宿すような者は大抵神々しいと相場が決まっているのです。

 

 おどおどしていては言葉に信憑性がありません。正しいと思い込ませるには自分が疑っては駄目なのです。

 そして桃に目があるのか? なんていう野暮なツッコミもしてはいけません。良《よ》い子のお約束です。

 

 

 

「そうか」

 

 お爺さんはわかってくれたのか、今度こそナタを下ろしました。

 そう、それでいい。

 桃《自称・桃太郎》はほくそ笑みます。

 あとは空気と化している婆さんにキビ団子を作らせて、とっととこの物騒な家からおさらばだ。鬼退治? んなもん行くかよ。一介《いっかい》の桃に何ができる。鬼ヶ島に着く前に傷がついて、そこから腐るのがオチじゃねぇか。

 

「ってことでキビ団子を、」

 

 桃がお婆さんにキビ団子を所望しかけた時、お爺さんが叫びました。

 

「ではワシもつき合おう!」

「は!?」

 

 待て! 出て来《く》んなジジイ。俺は今、婆さんに話をしているんだ!

 そんな心の声がついうっかり口からも漏れてしまいましたが、お爺さんは聞いていません。

 

「思い起こせば50年前。聖剣を携《たずさ》えて魔王討伐に行ったのがまるで昨日のことのようじゃわい」

 

 駄目だ。話なんか聞いてねぇ。

 

 お爺さんはあらぬ方向に視線を漂わせています。きっと心は50年前に飛んでいるのでしょう。いつまでも少年の心を忘れないのは冒険もの主人公の基本です。

 

 でもさ。その燦然《さんぜん》と掲《かか》げてるのはナタだろ? 聖剣じゃないだろ?

 50年前は勇者でもヨボヨボのジジイに同じ動きは無理。

 俺、嫌だよ? 出発1日目からギックリ腰で歩けなくなった爺さんを背負って鬼ヶ島に行くなんて。

 後継に道を譲るのも立派な勇者の役目だろう? そうしろよ。

 

 心の持ちようだけで行けるほど鬼ヶ島はご近所ではありません。

 「俺」はずっと黙ったままのお婆さんに救いを求めるように目を向けました。

 しかし「俺」が目にしたのは、

 

「あたしの愛銃《スイートハート》が再び火を噴く日が来たね!」

 

 半《なか》ば壊れた箪笥《たんす》の引き出しから小銃をとり出すお婆さんの姿でした。

 

 はあああああ!?

 なんだよその引退したスナイパーみたいなセリフ。しかもちょっとセクシー。

 

「あの、お婆さん。スイートハートよりキビ団子を作ってもらえませんか?」

「キビ団子? あたしゃ料理はイタ飯《イタリア料理》しか作ったことがないんじゃ。ピッツァなら作ってやるぞなもし」

「婆さんはとれんでぃぎゃるだったからのう。婆さんのピッツァは世界一じゃ!」

「いやピザいらないし! 犬とかピザ食べないし! つぅか何でピザんとこだけネイティブなの!?」

 

 しかしお婆さんはさっさと弁当箱にピザを詰めていきます。それも3つ。

 犬、猿、キジにひとつずつ配ればいいのでしょうか。

 

「昼飯はピッツァ弁当じゃな」

 

 違いました。

 本当にお弁当のようです。お爺さんは自分で食べる気満々です。

 

「本当についてくる気か? ディサービスのお散歩じゃねえんだぞ!?」

「懐かしいねえ。爺さんと戦った日を昨日のことのように思い出しますよ」

「はっはっは! 婆さんは魔王以上に強かったのう」

 

 なんと言うことでしょう。

 彼らは50年前に雌雄を決した勇者と魔王(の配下1)だったのです。

 歴戦の戦士は剣を交えることで相手の力を知り(ナタと銃じゃん、剣じゃないじゃん、などと言ってはいけません)、そして認め合う。そこに在るのは敵味方ではなく、ただ、高みを目指して切磋琢磨する者同士。昨日の敵は今日の友。

 そして、今!

 かつての勇者と魔王(の配下1)は再び立ち上がったのです!

 

 しかぁし!

 

 たとえ魔王より強くとも!

 たとえ最強パーティだったとしても!

 たとえこのふたりがいれば桃太郎なんかいらないじゃん、と思っても!

 それは全て過去の栄光。ついうっかり連れて行った日には、やっぱり出発1日目にして爺婆《じじばば》ふたりを背負って進む羽目になるのは確定ではありませんか!

 

「年寄りは年寄りらしく縁側でミカンでも食ってりゃ、」

「ああん? 誰に向かって口きいとんじゃワレェ!」

「よろしくお願いします……」

 

 駄目だ。

 逆らったら最後、俺はこの小屋から出ることすら叶わない。

 

 

 こうして桃太郎《桃》は、お爺さんとお婆さんを連れて鬼ヶ島に行くこととなりました。