1-8 そして勇者は頂点を目指す・Ⅱ




 その頃。

「おや、悪魔の城の攻略に失敗なさったんだね」

 城の外に放り出された勇者一行は、そんな声に目を覚ました。
 薪《たきぎ》を無造作に放り込んだ籠を背負った中年男が彼らを覗き込んでいる。身なりと持ち物からいって木こりだろう。
 男の背後から射し込む木漏れ日がやけに明るい。それが「生きている」と実感させる。


「ああ! 俺の弓が!」

 叫び声に振り返れば弓使いが真ん中からバッキリと折れた弓を手に号泣している。弦が切れたならまだしも弓本体が折れてしまっては、どう修理しても再生は無理だろう。

「俺の杖も……」

 別の方角からは魔法使いの声もする。
 かくいう勇者の剣も刃こぼれが酷い。しかし剣は鍛冶屋で打ち直して貰えばどうにかなる。この点だけはジョブ選択を誤らなくてよかったと思う。


「で? 魔王ってどんなだったんだ? やっぱデケェのか?」
「魔王……」

 興味津々の体《てい》で話しかけて来る木こりに、勇者たちは顔を見合わせた。
 そうだ。
 自分たちはこの冒険者組合依頼案件マスターランク「悪魔の城の攻略」に来たのだ。正々堂々と正面から行くのが王道だが、今までの勇者一行は総じてそれで負けている。だから裏から侵入し……そう言えば誰かに案内してもらった気がするが、誰だったのだろう。

 この木こりか?
 勇者は中年男の巨体を見上げる。戦闘の邪魔になるから、此処《ここ》で別れたのだろうか? 何となくだが、初対面ではない気もするような……そう、頭の後ろから左右にニョッコリと生えた2本の枝とか、背負い紐の厚みで肩が膨らんで見えるあたりとかに見覚えがあるような、ないような。

 とにかく城には入った。重厚な扉を開けたら真っ暗な闇が出迎えたところまでは覚えている。
 それなのにこんな城の裏口で目を覚ますということは、きっと負けたのだろう。壊れた武器が記憶にない事実を物語る。

「思い……だせねぇ……」
「兄ちゃんもかよ!」

 木こりは呆れたと言わんばかりにあんぐりと口を開ける。そのデフォルメされた顔が馬鹿にしているように見える。





「俺たち、負けた……のか?」

 弓使いが呆然と呟く。
 この城に来てからこうして追い出されるまでの記憶は、靄《もや》に霞んだようにおぼろげでどうにも掴《つか》むことができない。
 だが、弓使いが最後まで敵に向かっていたような、そんな気もする。

「そうらしいな」

 勇者は口籠った。
 弓使いが戦っている間、自分は早々にやられてひっくり返っていたのだろうか。最後まで諦めなかった仲間を誇らしく思う反面、何か引っかかりを感じたことも思い出す。
 とは言え、土壇場《どたんば》でリーダーらしさの欠片《かけら》もなかった自分は恥じ入るばかりだ。
 
「どうするんだ? これから」

 しかし弓使いはそれを咎めない。
 忘れているのかもしれない。自分と同じように。

「そうだな……また強くなって再挑戦す、」
「やあそこのモブたち。僕と一緒に冒険の旅に出ないかい?」

 突然、そんな声がかかった。
 振り返ると白馬に乗った冒険者一行らしきパーティが山道を上って来る。こんな人気《ひとけ》のないド田舎の山道を、光り輝く鎧に身を包んだ連中がなんの用だと言うのだろう。

「僕たちはこの世界に来たばかりでね。仲間の数はひとりでも多いほうがいいと考えているんだ。見たところきみたちは剣士と魔法使いと弓使いだね。まぁそんな定番ジョブは掃いて捨てるほどいるんだけど、ちょっとでも個体値の高い仲間でパーティ組んだほうが勝率もあがるわけだしさ。それで、」

 きらりと光る歯が嫌味に見えるのは、自分たちの心が荒んでいるからというばかりではない。
 わかる。こいつは今流行《はや》りの「モブ気質で引き籠りニートだったんだけど何故か召喚されてからは女の子にモテモテで、どうしてだか知らないけれど剣も魔法も最強」というふざけた自称勇者だろう。
 何故こんな連中がのさばっているのかは甚《はなは》だ疑問だし、こいつらと同じ呼ばれ方をされたくないと公言する生粋の冒険者も多くいる。
 そして、この勇者もそのひとり。

「生憎《あいにく》だったな。俺たちは初対面の相手をモブ呼ばわりするような奴の仲間になる気はねぇんだよ」

 仲間が多いほうがいい。
 だが、仲間は選びたい。
 勇者は刃のこぼれた剣を握り直す。

「この世界に来たばかりだって言うんなら、この世界の流儀を教えてやろうじゃねぇの」

 魔法使いが詠唱を始める。
 杖は折れたが先端の魔法珠《オーブ》は無事だ。掲《かか》げた魔法珠《オーブ》からバチバチと雷が迸《ほとばし》る。

「……俺たちはな、イケメンも嫌いだが」

 武器を失った弓使いも黙って見てはいない。
 指をボキボキと鳴らしている。


「「「それ以上にテメェらが嫌いなんだよ!!」」」




 ひとりぼっちの少女が家族を得た、そのほんの数十メートル離れた場所での出来ごとは、こうして、誰にも語られることなく幕を閉じた。


 そして。



 少女の物語は、まだ続いていく。