真夜中のラブレター症候群


 

診断メーカー様のお題、

『グラ青のBL本のタイトルは「真夜中のラブレター症候群」で、

帯のフレーズは【この男、こう見えて純情なんです】です。

#BLタイトルと帯 https://shindanmaker.com/670596』より

 

※世界設定が現代寄りです。

 




 1日の仕事を終え、睡眠までのわずかな時間、私は今日も机に向かう。
 この時間を惰眠に充《あ》てるも語学などのスキルアップに充《あ》てるも人それぞれ。
 昔の私なら、スキルの習得は重要だ、と勤《いそ》しんだことだろう。
 専門知識や技は付加価値として給金に上乗せされることもある。

 だが、人生それでいいのか?
 働くだけが人生か?
 充実した人生とは仕事もプライベートも充実しているものではないのか?
 いや、むしろプライベートが充実していれば、仕事への気力も増すというものではないのか?
 そのような考えがつきまとっていたのも確かなことだ。

 私とて例外ではない。
 想い続けて25年、いや正確に言えば27年と7ヵ月になる相手に思いの丈を伝えることができれば、それこそプライベートも充実すると言えるし、むしろそれ以外で充実することなどないと言っても過言ではない。
 が、万が一拒絶されでもすれば、想い続けた期間が長すぎるが故《ゆえ》に喪失感も計り知れない。
 しかもその相手は仕事上の上司であり、下手すれば夢の中まで一緒にいる間柄。
 今まで築き上げてきた良好な関係をもなし崩しに失う可能性を孕《はら》んでいる。失敗するわけにはいかない。

 と、言うことで。

 今時ラブレターなど時代錯誤も甚《はなはだ》しい、と嗤《わら》う者もいるだろう。
 だがしかし、今流行《はや》りの電子文書では情緒がない。口頭で述べただけでは、何時《いつ》の間にやら忘却の彼方だ。
 それに比べて、必要以上の情緒を醸《かも》し出しつつ、何度も読み返すことができる恋文ほど想いを伝えるのに最適なものはない。読み返すたびに耳元で囁かれているような気になってくれれば、それはもう洗脳に近い効果すら得られるというものだ。

 そしてそのためには、それなりの道具が必要となる。
 この便箋はカルティエの10枚入り4320G。
 便箋など100G均一の店で買える昨今、この額は非常識かもしれない。が、工場の一括生産品とは比べるべくもない手漉き風の風合いは、そこに書かれているものが夕食のおつかいメモであったとしても風格漂うものに変えてくれるい違いない。
 そしてペンはモンブランのマイスターシュテュック。
これより高額な商品も存在するが、ここは王道と呼ばれ、発売以来一般大衆から文字書きを生業《なりわい》とする者までが愛用していると言われる万年筆の力を借りるべきだろう。
 支持されるということは、それだけの実力を持っているということだ。

 今は通信販売という便利な商法も発達し、どれだけ寂れた田舎に居ようと翌日には商品が届くというご時世だが、この2点は6駅離れた街の百貨店にまで自ら足を運び、10程もある同じ商品の中から吟味して最良のものを選び出した。
 箱の箔押しなされ方から保証書に押される店印の傾き具合に至るまで選び抜いた逸品には、通販にはない潜在能力まで感じることができる。

 そしてこれらの強力な助っ人をもってしても補うことができない――文才だが、これだけはストレートに綴ったほうがいい。
 相手は大学図書館の蔵書に全て目を通したというほどの本好きだが、なにぶん|疎《うと》い。
 「月が綺麗ですね」だの「死んでもいいわ」だのといった婉曲《えんきょく》した言い回しも読んだことぐらいあるだろうに、当人には通用しない。
 だがあまりにストレートなのも情緒に欠ける。
 短くて、他の意味に取りようがなくて、ちょっと洒落た言い方はないものか。
 それを考え続けて 早はや四半世紀。未だに良い文言は浮かばない。

 こうして今宵も、時間ばかりが過ぎて行く。