義理の兄と妹を演じて早１０年、あたしは１６歳になりました。
　１６歳と言えば嫁にも行ける歳。いい加減「妹」としか見てくれないお兄様の意識改革をするのです！

　これはそんな無謀な野望を抱いたルチナリス嬢（１６）の汗と涙の物語。

【 Take 1 】

「おかえりなさいっ！　ごはんにする？　お風呂にする！？　それとも、」
「狼に噛み殺されますか？　それとも生きたまま両腕両足をもぐのがいいですか？　ああ、指と爪の間に１本ずつ針を刺すというのもいいですね。色ボケ小娘の腐れピンクに染まった脳も活性化するでしょう」

　義兄《あに》に向って言いかけた台詞《セリフ》は、即刻間に割り込んできた執事によって遮られた。

　目が全く笑っていない。
　あたしの野望を達成するには、まずこの番犬をどうにかする必要がありそうだ。

【 Take 2 】

　前回の轍《てつ》は踏まない。
　この数日、義兄《あに》がひとりで帰って来るシチュエーションを待ち続け……やっと巡ってきたこのチャンス！
　よし！　邪魔者はいない!!

「お、おかえりなさい。ごはんにする？　お風呂にする？　そっ、それともわ、わた、た、たわっ、たわ、」
「……たわし？」
「え、違、」

　なんてこと！
　恥ずかしさのあまり噛んだ台詞《セリフ》を聞き間違えられるなんてぇぇえっ!!


「たわしの在庫が切れちゃった？　新しいの注文しておくね。ああ、形はいつもの亀の子でよかった？　この間通販の本見てたら面白いの見つけたんだよ。いちごの香り付きとか犬の形してるとか。そう、その犬の形っていうのが見た目モフモフのテリアみたいでさ、自動で床磨きするのがまるで犬が歩いてるみたいだってことでペットを買えない集合住宅の奥様たちに大人気なんだって。　どう？　面白くない？　グラウスに言ったら買っちゃ駄目だって言うんだけどさぁ、欲しいよね？　るぅも欲しいよね？　それで」
「あの、たわしじゃな、」
「種類がテリアのほかにゴールデンレトリバーとかあるんだよ。どれがいいと思う？　俺はさ、」
「だから……」


　ルチナリスは新しいたわし（テリア型）を手に入れた。
　そして義兄《あに》共々、無駄遣《づか》いを執事に怒られた。

【 Take 3 】



　そうだ。この台詞《セリフ》は新婚の奥さんとかが言う台詞《セリフ》。
　あたしの言い方に色気がないからたわしと間違えられるのよ。
　語尾に♡、語尾に♡よ！

　さあ標的が帰ってきた。邪魔者もいない。行くのよルチナリス！


「お、おかえりなさぁいん♡　ごはんにするぅ？　お風呂にするぅ？　それともぉ、あ、た、しぃ？」

　義兄《あに》は唖然としている。

　悩殺されてるわ！　ＧＪ《グッジョブ》あたし!!
　ルチナリスは心の中でガッツポーズをした。

　が。



「……２８点」

　義兄《あに》の口から洩れたのはそんな台詞《セリフ》。

「へ？」
「まだ照れが残ってる。こんな恥ずかしい台詞《セリフ》言ってられないって内心思ってるのが相手に伝わっちゃってる時点で駄目」
「そ、そう？」
「まず目線。顔は斜め下、そこからちらちらと上目遣いに見る。言い方もそんなダラッとした言い方じゃまるで娼婦だよ。こういう台詞《セリフ》は初々しさがなくっちゃ」
「こ、こう？」
「駄目駄目。こういうのは演技力だよ？　心から思う！　なりきる！」


　……そして特訓は続く。