カボチャの恩返し。


 

まおりぼハロウィン2017。

やっぱりグラウスさんが酷い目に遭うだけの話になりました。

 

 

 

鶴と狐は空気が読める。

 


 

 

 廊下を曲がったらカボチャがいた。

 

 

 グラウスは頭を抱える。

 いると思ったんだ。だって昨年もいたんだから。

 ああ、走馬燈の如《ごと》く甦《よみがえ》る忌まわしい過去の記憶。昨年のこの日この時この場所でこの目の前に鎮座するオレンジ色の物体と全く同じ代物が……

 

「走馬燈って死ぬ間際に見る奴《やつ》じゃなかったっけ」

「だから勝手に他人の頭の中を盗み見るのはやめて下さい!」

 

 ツッコミ方も同じだ。

 昨年はついうっかりツッコんでしまったばかりに真夜中に転がるカボチャを追って全力疾走させられ、挙句、ご主人様の寝室に乱入して夜這いと間違われるという酷い目にあった。

 

 何故こうも自分ばかりが割を食うのだろう。今日だって城内の見回りをしていただけなのに。

 こんなことが毎年続くのなら、これからはガーゴイルあたりに押しつけて早々に寝てしまったほうが……いや、奴らに任せておくのは心配だから自分が見回っているんじゃないか。

 なんせここは悪魔の城。営業時間外だろうが塀をよじ登ってやってくる勇者《侵入者》には事欠かない。そしてそれ以外の珍入者も……。

 その珍入者はハロウィンの時期になると大量発生する例の笑みを浮かべたままグラウスを見上げている。

 

 

 見るからに関わってはいけない相手だ。

 関われば、身体的・精神的ロスに加えて大幅な時間的ロスも免《まぬが》れない。

 

 

 昨年の経験をもとに被害を最小限に抑えれば、なんてアクティブな発想はしない。世の中には見て見ないふりをしたほうがいいことのほうが多いのだ。

 例えば、黒塗りの外車がいても前を走ってはいけない。ぶつけられて、示談交渉でとんでもない要求を突きつけられる。

 例えば、アイドルになりませんか? という誘いに乗ってはいけない。下手するとAVに出演させられる。

 例えば、麦畑の麦が円を描くように倒れていても近寄ってはいけない。上空の未確認飛行物体に吸い込まれてICチップを埋められる。

 例えば、

 

「おうおう、この城じゃあ、客に茶のひとつも出さねぇんかい」

「いつご自分が客だなどと錯覚しました?」

「今」

「残念ですね。あなたとは意見が合わないようです」

 

 グラウスはくるりとUターンすると、カボチャを置き去りにしたまま今来た廊下を戻る。

 自室に戻るにはカボチャを越えるしか道はないのだが、カボチャは廊下の幅いっぱいにジャストフィット。乗り越えようとすれば「変なとこ触んないでよ、エッチ―!」などと大声で叫び出しかねない。だったら今夜一晩くらい、冷えきった厨房の端や階段の下でやりすごしたほうがずっとましだ。

 

 被害妄想が過ぎるって?

 そう笑っていられるのは、カボチャの恐ろしさを知らない奴だけだ。

 カボチャは……

 

「待ってぇ!!」

 

 

 頭の中でナレーションをしている暇さえなかった。

 振り返れば先ほどのカボチャが高速回転しながら突っ込んでくる。廊下の幅いっぱいのカボチャが地鳴りのような音を立てて転がって来る様《さま》は、何処《どこ》ぞの秘宝探検家が遺跡の罠《トラップ》に引っかかったときを|彷彿《ほうふつ》とさせ……と、そんな呑気なことを考えている場合じゃない。

 

 このまま転がるカボチャに轢《ひ》かれれば、明日の朝、無様に圧《お》し潰された私が発見されるだろう。炎天下で逃げそこなったカエルのように両手両足をだらしなく開いて潰された姿は、想像するだけで見苦しい。

 

 きっとガーゴイルたちの笑いものになる。

 それだけじゃない。ご主人様にそんな姿を見られたら。せっかく10年かけて知的で有能な執事《デキる男》のイメージを植え付けてきた私の苦労が水の泡じゃないか!

 

 

 グラウスは駆けた。

 そりゃあもう全速力で! 全身全霊の力をもって! 公式大会に出れば世界を狙えるタイムが出せるかもしれないくらいに!

 

 しかしカボチャは追って来る。一定の距離を保ちつつ。

 高速回転する中に残像のように嗤《わら》った顔が浮かび上がっているのは軽くホラーだ。

 

 何故だ。

 あれは余裕の笑みというものか?

 貴様などいつでも捕らえられると、まだ実力の10分の1も出していないと、そう言いたいのか!?

 しかし一介の農産物に負けるわけにはいかない。

 考えろ! この危機を脱する糸口は何処かにあるはず! 俺のターンはまだ終わってはいない!

 

 

 

 進路の先で廊下が交差しているのが見えた。その曲がり角に差し掛かったと同時に足を90度、右方向に捻《ひね》る。

 奴の回転は一定方向。サイズは廊下の幅。直角に曲がることは不可能だ。何処ぞの秘宝探検家もこうして罠をやり過ごしたことを私は知っている。

 ビバ! 先人の知恵!!

 

 しかしカボチャはギュイイイイン!と、あり得ない加速音を立てて急カーブした。

 

「見える! 見えるわ! あなたとあたしを繋ぐ運命の赤い糸が!」

「違う! 私には心に決めた人がっ!」 

「酷いわ! あたしとは遊びだったって言うのぉぉぉ!」

「遊びも何も初対面です!」

 

 そう、初対面だ。

 昨年のカボチャと酷似しているが、奴は寝室に乱入する際に扉にぶつかって欠けたはず。

 だがこのカボチャには傷がない。と言うことは別人《別瓜》。似ているのはきっと兄弟姉妹か従兄弟か子供か、要するに血縁関係なのだろう。カボチャに血など通ってはいないが。

 

「ひとを血も涙もないみたいにぃぃ!」

「血も涙もあるカボチャのほうが怖いわ!」

 

 結局今年も廊下を全力疾走させられながら、グラウスは逃げ道を探す。

 捕まるわけにはいかない。捕まったら最後、未来は終わる。

 

「何故逃げる!」

「胸に手を当てて聞いてごらんなさい!」

 

 カボチャに胸があるかは知らないが。

 

「昔話でも鶴や狐が押しかけて来たら喜んで嫁にしたじゃない! どうしてカボチャは駄目だと言うの!?」

「鶴や狐は美女に化けて来る程度には空気が読めたからでしょう!!」

「じゃあ美女に化ければいいのね!」

「私は理想が高いんです! そんじょそこらのカボチャ如きに私の心を掴むことなど、」

 

 ああ、何を言っているんだ。

 どうして私は毎年毎年、こんな目に遭わなければならないのだ。

 独り身だからか? しかしこの城で独り身なのは決して自分ひとりではない。と言うより9割8分くらいの確率で独り身しかいない。

 そうだ、キワモノ同士、ガーゴイルでいいじゃないか。ノリも似ているし話も合う。いい夫婦にな……しまった!

 

 考えるほうに集中しすぎて、袋小路に入り込んでしまっていた。

 行く手を阻む壁。後ろから迫るカボチャ。

 

「貴様の命運もここまでだ」

 

 じりじりとカボチャは近付いてくる。視界がオレンジ色で埋まっていく。

 

 

 

 

 

 

 その時、時を告げる鐘が鳴った。

 

「ちっ、命拾いしたな」

 

 カボチャはどう聞いても殺人鬼のような台詞《セリフ》を言い残すと、ざざ、と掻き消えるように消えてしまった。

 

「な、」

 

 グラウスは時計を見る。

 午前0時。

 つまり、今日は11月1日。ハロウィン、じゃない。

 

「……助かっ……た……?」

 

 安堵の溜息をひとつ。

 しかし、あのカボチャは何をしに来たのだろう。赤い糸がどうとか昔話がどうとか、鶴や狐が恩返しに嫁に来る話は聞いたことがあるが、カボチャを助けた覚えはない。

 しいて上げれば傷がついて売り物にならなくなったカボチャをひと山いくらで買い叩い、いや、引き取ったことくらいだ。

 なんせうちはエンゲル係数が異様に高い。やりくりしなければやっていけない。どうせ加工《調理》してしまうのだから見た目など大したことではない。

 

 売り物にならなくなったカボチャの恩返し?

 しかし、それなら八百屋のオッチャンこそ恩返しに来そうなものだが……。

 

 

 

「こんばんは! 助けてもらった八百屋です!!」

 

 

 そして。

 ノイシュタイン城ではその日以来、八百屋とカボチャが出入り禁止になったと言う。